今にも動き出し、話しかけてきそうな温もりを感じる人形に出会い、どきっとしました。「雛匠(ひなしょう) 東之湖(とうこ)」の代表、布施和信さんの丹念な手作業で生まれた雛人形です。琵琶湖の色を映したようなブルーが目を引く「清湖(せいこ)雛」、韓国映画にも登場した白無垢の女神、第二の人生の始まりを祝う赤が鮮やかな「還暦雛」。躍動的で生命力のある理由は、布施さんの人生観にありました。
布施さんは20代半ばに難病を発症し、大学への推薦を受けるほど得意なラグビーを断念。人生を見つめ直したとき、人形商の父親の影響で職人から学んだ人形作りが生きる力となりました。東北復興支援に毎年「絆雛」を寄贈したり、新型コロナ禍に立ち向かう医療従事者への感謝と応援の気持ちを込めた「清輝雛」を製作したりという取り組みの根底には、突然人生を変えられ、考え方を変えざるを得なくなった方々への共感があります。
伝統織物の町、五個荘(東近江市)に工房を構え、屋号は太陽が昇る「東」と滋賀の象徴「湖」をつなぎ、ロゴは琵琶湖をかたどっています。人形の衣装には彦根の伝統工芸士による「新之助上布」を使用。生地が硬く扱いづらい麻織物を「柔ごしらえ」という技法でふっくらと流れる曲線に変えるのは、東之湖ならではの特徴です。
製作の前には必ず客と面談して心情を受け止め、思いを人形に託していきます。気持ちが逸り未明から仕事場に籠ることもあるとのこと。「重病の子が笑顔を見せてくれた」「日々の不安を話しかけていたら悩みが解けた」。客と喜びを分かち合えたとき、「魂を吹き込んだ人形が人を助けることができたことにやりがいを感じる」と布施さんは言います。その後の修理も含め、客と長い付き合いになることも多いそうです。
東之湖には、雛人形に込められた古来の精神を失うことなく、新たな感性を加え、自らを表現する魅力があるのです。
滋賀の伝統が凝縮したこの人形作りの技術を絶やしたくない。地元のいいものを広めたい。布施さんはそんな思いを強くし、「真っすぐで、泥臭さをいとわず、不器用でも人形作りが好きな方にぜひ」と後継者を求めています。一度のれんを潜ってみてください。多くの作品が東之湖のあふれる思いを物語ってくれます。
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