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| 商法と理念 (同志社大学経済学部教授 末永國紀) |
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資金調達の工夫
資金調達や資金繰りの苦労さえなければ、事業経営ほど楽しい夢の実現はないであろう。
よく例えられるように、事業資金は企業が日々存続していくためのまさに血液であるので、心臓のように絶えず必要な資金を送り出してくれる機関を準備できるかどうかが事業の成否を分けることになる。
企業の資金需要の目的は様々である。開業資金もあれば運転資金もあり、後者は設備資金のような前向きの資金もあれば、赤字補填資金のような後ろ向きの資金もある。
昨今はベンチャー企業の育成がかまびすしいだけに、その資金調達源も多様化しつつあるとはいえ、現実的には親類や知人からの借入れという昔からある自己資金調達法をテコに、公的融資を仰ぐというのが常道であろう。公的融資の代表的なものには、国民生活金融公庫、中小企業金融公庫、商工組合中央金庫などの政府系金融機関をはじめ、都道府県の信用保証協会の債務保証による銀行融資制度がある。
これらの公的融資は、無担保・無保証人制度をうたっている場合があるが、実際の運用実態は字義どおりの解釈とは異なっているようである。例えば、不動産や有価証券などの担保や第三者の保証人を不要とする融資であっても、商工会の会員となって一定期間の経営指導を受けいれるという条件がつけられていたり、円滑な融資を認めてもらうには家族や従業員の連帯保証人が必要であったりするのである。これらをクリアーした上で最後に必要なのは、納得できるような事業計画と資料を携えながら、融資担当者への説得力と熱意ということになる。
既存企業の運転資金の調達でも、経営者自身が営業報告書を把握し、金融機関に自社の情報を誠実に開示していくことによって、お互いの信頼関係を築いていくことが重要である。長期的に見た場合、資金調達に一時凌ぎの奇策は通用しないのであり、財務改善に努力し、情報開示による金融機関との信頼構築こそが王道であるというのは真実であろう。
江戸時代以来、数百年間にわたって大商人を生み出した近江商人は、近江の在所に本宅を構えつづけた。その存在は立身を願う郷党の青少年の夢を刺激し、結果として今流に言えばベンチャー企業を次々に生み出した。社会的影響としてのデモンストレーション効果である。
成功した近江商人は、起業しようとする者からの資金要請に応じ、苦境にたった後輩に助言したり、運転資金を供給したりすることを惜しまなかった。貸付金の返済が滞っても、漠然とした将来の経営改善時に返済を約束しただけの出世証文に書き直すことさえ容認した。こうした資金面での寛容さが、多くの後進を育てる一つの要因になったのである。
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人材育成の要諦
卒業生からきた年賀状を整理し、新旧を入れ替えているとき、転職を伝える添書きには一瞬手が止まる。新天地の職場に幸あれ、と祈るような気持になる。転職を知らせてくる場合はまだ良い方かもしれない、単なる離職である場合は書き辛いし、伝え難いかもしれないなどと、とつおいつすることになる。
若年層の就業意識の変化によって、大卒でも3割が3年以内に転職・離職するといわれる時代である。日本社会が少子高齢社会へ急速に突入しつつあるなかで、若年労働者層は急激な減少が見込まれている。それだけに、企業側の若者に対する労働需要は高まりこそすれ、減ることはないはずである。では、なぜ若年の転職・離職が多くなるのかとえば、現実に就職した先が希望の職場とかけ離れていたというミスマッチ、それとフリーターなどでも生活に困らない、極端な場合は無職であることにも抵抗感が少なくなってきていることが考えられる。
フリーターや無職状態を長期間続けることは、社会的にも個人的にも損失の大きいことは誰の目にも明らかである。彼らもいずれは正規の職場を目指すであろうと考えると、重要なのは職種や職場のミスマッチを減らし、若年層を育成しながら職場への定着率を高める方法である。
この問題を考える際に大事なことは、実際の企業行動に現れる経営理念と社員の価値観に共有性があることである。そうであってこそ、従業員の自発的な能力開発を期待でき、定着率も高められるであろう。束縛を嫌う若者を含めて、誰しも待遇の良さだけを求めて働くのではなく、一義的には天職と思える職場で働くことをこそ望んでいるからである。
犬上郡豊郷出身で、幕末から明治にかけて活躍し、総合商社伊藤忠の基礎を築いた初代伊藤忠兵衛は、企業家として敏腕であっただけでなく、すぐれた教育者でもあった。忠兵衛は進取の気性の持主であり、とくに自由と合理性を尊んだ。
封建制の色濃く残る明治期に、従業員を事業のパートナーとみなして尊重し、多くの人材を育てた。明治8年頃から店の給食にスキヤキをとりいれ、17年頃からは毎月1・6の日をスキヤキパーティーの無礼講の日と定めて、懇親と滋養の機会としている。従業員にも利益の一部を配分する利益三分制度を実行し、月例の会議では、若者にも自由な発言を求め、単に自己の所管だけでなく社会の大勢についても独自の意見をもつことを奨励した。
峻厳ではあったが、人を満足させて働かせることが上手で、とくに若者を簡抜して、その潜在能力を引き出すことが得意であり、店員への訓育の際にはいつも、「真の自由があるところに繁栄がある」と語ったといわれる。 |
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