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 三方よしと現代企業
● 企業の社会貢献研究所事務局長 稲垣重雄
● 同志社大学経済学部教授 末永國紀
 
企業の社会貢献研究所事務局長 稲垣重雄
「当たり前」のこと
 「企業の社会貢献度調査」(朝日新聞文化財団)の開始(1990年)から、最終回(2002年)まで13年、調査に携わりました。この間、広報部などの回答担当者、企業文化部といった社会的な活動を担当する社員や役員の方々から様々なお話をうかがうことができました。先進的で範となるような活動を継続的に実施している企業の努力を讃え、賞を贈るとともにその活動などを紹介してきました。受賞企業の皆さんは「当たり前のことをやっているだけなのですが……」と戸惑いながらも、評価されて大変に光栄であり、さらに努力するようにと励まされた思いだという旨を異口同音に語ってくれました。

 
うした会社がある一方、巷には何度も同じような不祥事を起こしたり、公正取引委員会から繰り返し排除勧告を受けたりしている会社もあります。こうした会社の社員が考えている「当たり前」は、企業というのは利益を生むことがその第一の存在理由であり、多少、法から逸脱しても非難されるようなことにならなければ、ともかく利益を挙げることが優先されると言うことでしょう。さて、この「当たり前」ということを少し考えてみたいと思います。
企業の社会性
 べての企業は市場経済の中で活動し、利潤を挙げるべく努力しています。この市場が正常に機能するためには、3つの条件が満たされなければならないと言われます。それは「自由」であると同時に「透明」かつ「公正」でなければならないということです。「自由」「透明」「公正」を保証する最低限の社会的ルールが法律であり、コンプライアンスに基づく経営が企業に求められる所以です。
 また、市場のプレイヤーである企業は法人です。我々のように生身の人間を法律では「自然人」と呼び、あたかもヒトのように権利と義務が付与される存在と看做されるのが「法人」です。企業買収の対象となるなどモノとしての側面を持つと同時に、生産設備や土地の所有者であったり、契約を結ぶ主体となったりするように、ヒトとしての側面も持っています。企業はヒトであると同時にモノでもあるのです。ですから会社は利益を生むための道具に過ぎないと考えるのは企業のモノとしての面のみを見ているに過ぎません。企業はモノとしての側面を持ちつつ、法的にヒトとして擬制された当初から、ヒトに求められるような社会性を期待されている存在です。それゆえに企業には社会的責任を果たすことが求められているのです。

 
業の法令順守から社会貢献までを含む社会的責任(CSR)は、大まかに次のように分類されます。まず、主に法令の文言を守る「狭義の法令遵守」(悪事を避ける、詐欺的であってはならない、盗んではならない、法令の文言を遵守する)、ついで法令の精神まで主体的に遵守し、社会の求める人道的要請に応える「倫理実践」(他を傷つけない、地域社会に害を与えない、人権を尊重する、よく配慮する、正しいことを行なう、正直である、公正である)、さらに主体的に自ら犠牲を払いながら社会的善の実現に貢献する「社会貢献」(他を助ける、地域をより良いものにする、人間の尊厳を高める、勇気をもって取り組む)の3つです。このように分類されるのですが、これは法令の文言を守れたら、次は法令の精神を遵守し、最後に社会貢献へとまるで段階を踏んでいくように捉えるべきではありません。「ウチもようやく余裕ができたからソロソロ社会貢献でもしようとトップから言われたのですが、何をしたらいいでしょう?」という問い合わせを受けたことがありますが、これは変です。何故でしょうか?
本業を通じて社会貢献
 会性を意識した企業が、自由、透明かつ公正な市場経済の中で利益を生んでいるとしたら、それはその企業の製品なり、サービスなりを必要とする相手がおり、その企業の存在が肯定されていることを意味します。また、企業がその社会性を意識するとは、日々の企業活動自体において、社会からの要請を満たすことを意味します。それは例えば、社内であらゆる差別をなくす、地域の必要に配慮する、顧客情報を保護する、省資源・省エネルギーやリサイクルを進める、また、持続可能な成長を目指した活動を進めることや下請業者や納入業者についても同様の施策を求めることなどです。ですから利益をどのように活用するのかではなく、どのように利益を挙げているのか、まさしく「本業を通じて社会に貢献」することが企業には求められているわけです。これを実践し、賞を受けた企業が「当たり前」と感じる所以です。

 
方、不祥事を起こしている企業の社員が考える「当たり前」は、社会性を意識していない企業の「当たり前」、あるいは自由、透明かつ公正でない市場経済における「当たり前」ということになります。しかしこの「当たり前」は過去のものになる兆しがあります。それは社会の情報化とグローバル化がもたらすものです。インターネットを始めとした情報化がますます進み、企業情報は瞬時に広まります。また、パート、アルバイト、派遣社員、契約社員、請負社員など正社員ではない社員が増加しています。1991年以降に設立された会社の従業員の3割以上は非正社員です。企業の隠したい情報も漏れやすくなっていることは間違いありません。近年、内部告発によって不正や不祥事が次々と露顕したことは、こうした状況を示しています。また、その功罪は別にしてグローバル化がもたらすものは、最終的には国家や地域といった単位を超えた共通ルールの成立に至るものと考えられます。その際には談合を行なった方が儲かるようなローカルルールの存在は不可能になるでしょう。
「三方よし」の現代的意義
 て、江州商人の「三方よし」、中でも「世間によし」は「社会貢献」そのものであり、全てのステークホルダーと信頼関係を築くことを意味していると思われます。この実践の基盤を為す考え方は、どのようなものでしょうか。それは「家の永続」だと思われます。一時の、目先の利益にとらわれて、自らの存立の基盤である人間関係を崩し、世間を疲弊させるようなことがあっては、結局、元も子もないという、商人道のようです。長期的な損得を考えたに過ぎないという、皮相な見方もできるのですが、誰もが恩恵を蒙り、泣く人がいないような関係、今で言うウイン−ウインの関係を築くわけですから、CSRの目指す究極の姿でもあります。こうした長期的展望に基づいた経営は、CSRのすべてを含みこんでいるのです。

 
会の情報化とグローバリゼーションの進展が市場経済を、自由、透明かつ公正なものへと導きそうだと述べましたが、グローバル化は全ての国、企業、個人が一蓮托生だとも言い換えられます。自分のみ、自社のみ、自国のみに良かれと望むことは、結局、自分に、自社に、自国に良い結果はもたらさないのです。「家の永続」から「地球の永続」という視点を獲得して、「三方よし」を地球規模でもたらすことが現代企業に求められているのではないでしょうか。
参考文献:
・燬ワ著「コンプライアンスの知識」:日経文庫
・岩井克人著「会社はこれからどうなるのか」:平凡社
・佐和隆光著「日本の『構造改革』」:岩波新書
 
同志社大学経済学部教授 末永國紀
「三方よし」と現代企業
 在、売り手よし、買い手よし、世間よしを意味する「三方よし」という言葉は、近江商人の到達した普遍的な経営理念をごく簡略に示すためのシンボル的標語として用いられている。日本全国を市場として、広域に活動した近江商人は、売買当事者だけにとっての好都合な取引のみでは満足せず、取引の背後に第三者の眼、すなわち周囲や、地域の人々のことを絶えず視野に入れていた。社会の一員として商売を行い、取引に従事しているという意識である。そうした社会の一員意識をもたなければ、商人としての立身も、外来商人としての永続的な存続も繁栄もありえないことを、長い持下り商いを通じて習得していたからである。

 「三方よし」の精神は、良き企業市民を目指す現代企業にとって示唆するところ大である。企業はたしかに営利を目的とした結社である。しかし、良識ある企業にとって自己の営利のみをがむしゃらに目指すことは、現代では低水準の目標であり、社員の士気も揚がらず、社会的にももはや許容されないであろう。誰しも、扱っている商品が皆の役に立ち、悦ばれ、自分の営業活動が社会を益しているという信念をもつことができたときに、はじめて企業の一員として参加している積極的な意義を感じ取ることができるものである。
 これを逆にいえば、企業活動を自省して、社会的意義のあることをしているのか、商品や会社がなくなれば困惑する人の有無はどうかといった、企業の存在意義に対するアンテナを絶えず張りめぐらし、社会との緊張関係を維持することが必要であるということになろう。社会のなかの一員という意識を忘れ、私利の追求のみに走った結果、やがて破綻(はたん)にいたることはこれまでにも枚挙に暇(いとま)がないからである。

 「三方よし」の精神が現代の経済と経営に示唆する側面は二つある。一つは、現代の経済問題を考える場合、否が応でも直面せざるをえない地球環境の問題である。資源配分の学問としての現代経済学では、経済は持続可能な発展をしなければならない、そのためには資源確保が必要、それでいて地球環境は保全しなければならないというトリレンマを解くことが大きな課題となっている。「三方よし」のなかの世間よしは、現代では経済の問題を解くにも、地球環境の保全を不可欠の前提に据えることを促しているといえる。
 「三方よし」の示唆するもう一つの側面は、現代経営にかかわる側面である。それはまさに顧客満足(CS−Customer Satisfaction)を高め、企業の社会的責任(CSR−Corporate Social Responsibility)を果たし、社会貢献を促すことに通じている。

 村治兵衛宗岸の書置(かきおき)(1754年)の文中にある、自分だけのことを考えて一挙に高利を望んだりせず、損得は天道のめぐみ次第であると思い定め、ひたすら人様(ひとさま)の役に立つことのみを心がけよという他国行商の教え。また、西川甚五郎家の家訓(1807年)の一節、いつも薄い口銭を心がけ、たとえ品薄の時期であろうとも余分な口銭をとらず、何事であれ世間の害になることをしてはならないという戒(いましめ)。売って悔やむような取引を販売の極意とせよ、という外村(とのむら)与左衛門家の心得書(1856年)。これらはいずれも、顧客満足をたかめることこそ、家業永続のもとになることを指摘していると受け止めることができる。

 のような顧客満足の考え方を現代流に解釈してみよう。現代はデフレ基調であり、一方では価格は安価に越したことはないという風潮がある。しかし、他方では多少高価でも、満足や楽しみを与える価値のあるものには出費をいとわない傾向がある。顧客の求めるものが単なる価格だけでなく質を加えたものに多様化し、量で満足するものと、質にこだわる場合とに分かれてきているのである。
 この市場の変化を巧みに捉えることで顧客満足を高めることができる。顧客のニーズに叶ったもの、さらには顧客のニーズを曳きだすような売り方や商品の開発が求められているのである。

 えば、マンションの場合、単なるオーダーメイドではなく、部屋の面積や水周りも変更のきくマンションであれば、売りつけられて買うのではなく、自分で自由に選んだのだという購入客の満足を深めることができるであろう。旅行プランにしても、時間と体力と財力に余裕のある熟年世代にターゲットを絞った旅行企画は、心地よい旅の思い出とともに二度目三度目のなじみ客を生み出すもとになるであろう。花屋、本屋、酒屋など商品自体は平凡な日用品であっても、独自の品揃えによってその店でしか得られない満足と価値を生み出す工夫があれば、顧客の賛同を得て固定客の増加につながるであろう。これらの顧客満足型営業は、結果としていずれも再訪客や紹介客を増やす効果を生み出し、充実した市場の開拓につながるのである。

 客満足を考慮することは、店の維持成長に不可欠な要素であるが、その上で営業体が良き社会の一員として存続していこうとすれば、規模の大小を問わず社会的責任や社会貢献を果たしていくことは避けることのできない責務である。近江商人の場合でも、資力の許す限り様々な形で社会貢献に努めた。少し例を挙げると、京都に店を持った中井正治右衛門は、1000両を拠出して文化12(1815)年に、現代では30億円にも相当する、瀬田の唐橋の一手架け替えを完成させた。さらに京都大津間に花崗岩の車石(くるまいし)という石道路を敷設する工事にも献金し、草津宿で常夜燈を建設し、数多くの神社仏閣へ寄付した。正治右衛門一代の慈善寄付の総額は、8678両にのぼった。その他の近江商人も、凶作の場合は貧民へ米銭を施し、年貢の肩代わりを申し出、出世証文を容認して事実上の借金返済の無期延期を許容するなど、陰徳善事といわれる社会貢献に努めている。

 業の社会的責任や社会貢献ということが日本ばかりでなく欧米でも喧伝(けんでん)されるようになったのは、ごく最近、この1〜2年の傾向である。その背景には近年の内外での企業不祥事、地球環境悪化の兆しの顕然化があるのはいうまでもない。さらにいえば、2001年9月11日の同時多発テロが世界貿易センタービルを標的としたことにみられるような、グローバルな企業活動に対する憎悪への対処という側面もあるであろう。

 業と社会の良き関わり合い方をみると、これまでの企業は寄付行為によって利益の一部を社会還元している姿勢を示すことで一定の評価を得られた。しかしこれからの企業は、営利活動それ自体が公共の利益増進と結びついていることによってはじめて優良企業としての社会的認知を得られるように、評価の内容が変化していくであろう。すなわち結果としての社会貢献ではなく、企業活動のプロセスそのもののなかで、社会的責任と社会貢献を果たすことが求められているのである。

 江商人の到達した「三方よし」という、営業活動における社会認識の重要性を強調した経営理念に今日的解釈をほどこせば、私企業といえどもその存在は公であり、企業活動の公的側面を認識しておかねばならないということになるであろう。「三方よし」は、経済学に対しては、維持可能な成長のための資源利用と地球環境の関係に思いを巡らさせ、現代経営に対しては、顧客満足を重視しつつ、企業の社会的責任と社会貢献を全うするような方策の案出を要請しているという意味で、まさに現代につながる普遍性をもった経済と経営の原点であるといえよう。

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